講座の紹介

当講座のロゴマーク(福島県花のネモトシャクナゲと吾妻小富士)
当講座のロゴマーク(福島県花のネモトシャクナゲと吾妻小富士)

当講座の歴史・沿革

 わたしたち整形外科学講座の源流は、1944(昭和19)年に福島県旧信夫郡清水村小松原(現福島市森合字小松原:福島県立工業高校の辺り)の信夫農民学校校舎に仮設された本学の前身、福島女子医学専門学校にあります。福島女子医学専門学校では、開設当時から整形外科の講義と診療が行われていました。

 福島女子医学専門学校は、1950(昭和25)年4月に福島県立医科大学(旧制)へと改組され、それに伴って1951年(昭和26年)4月に東京大学整形外科から佐藤孝三先生が整形外科学講座助教授として着任されたのが、当講座の始まりです。

 東北地方の整形外科学講座としては、岩手医科大学(1935(昭和10)年開講)、東北大学(1942(昭和17)年開講)に次いで3番目に古く、国内では28番目に開講された講座であり、今年(2013(平成25)年)で開講62年目を迎える歴史と伝統のある講座です。

  当講座の歴史と沿革の詳細については、こちらをご覧ください。

 

 

講座主任からのごあいさつ

 当講座の主任は、2008(平成20)年11月に第6代教授に就任された紺野愼一教授です。

 紺野愼一教授からのごあいさつは、こちらをご覧ください。

 

 

当講座の陣容

 2013(平成25)年12月 1日時点でのわたしたち整形外科学講座の陣容は、以下の通りです。

  • 役員1名(理事長兼学長1名)
  • 講座内教員29人(教授2名、准教授5名、講師2名、学内講師3名、併任講師1人、非常勤講師2人、客員講師7人、助教7名)
  • 講座内非教員51人(助手2名、病院助手8人、手術部助手1人、博士研究員9人、大学院研究生22人、専攻医2人、大学院生8人)
  • 講座外教員2名(准教授2名)
  • その他の非教員医師1人
分 類 大学職名 人数 備 考
役 員 学 長 1

理事長・ふくしま国際医療科学センター長兼任

講座内

教 員

29人

教 授 2

 

准教授 5

3名は他部署との兼任

講 師 2 1名は附属病院リハビリテーションセンターとの兼任
学内講師 3  
併任講師 1  
非常勤講師 2  
客員講師 7  
助 教 7 1名は救急医療学講座との兼任

講座内

非教員

51人

助 手 2  1人は大学院生

病院助手

8

 

手術部助手 1  
博士研究員 9  
大学院研究生 22  
専攻医 2  
大学院生 7+1 1人は助手と兼務                           

講座外

教 員

准教授 2

附属実験動物研究施設長(特任教授)

ふくしま国際医療科学センター准教授

その他   1  
合 計   84  

 その他に講座の職員として、実験室の技術員が1人、秘書が5人勤務しています。

 

 

 

連絡先一覧

 当講座の学内関係部署への連絡先については、こちらをご覧ください。

 

福島県立医科大学医学部整形外科同門会

 わたしたち整形外科学講座出身の整形外科医で構成している福島県立医科大学医学部整形外科同門会の会員は、2013年7月27日現在235人に達します。

 会員は、福島県内に留まらず、宮城県、山形県、栃木県、茨城県、新潟県などの福島県の隣県のほかに、北東北、関東、関西、九州まで全国に拡がって、それぞれの地域医療に貢献しています。

 同門会については、こちらをご覧下さい。

 また、当講座出身の同門会会員医師の勤務先については、こちらをごらんください。


 当講座のロゴマークに描かれている樹木は、福島県の県花でもあるネモトシャクナゲ(根本石楠花)です。
 ネモトシャクナゲは、高山帯などの厳しい環境のもとで育つ力強い植物です。福島県では吾妻山や安達太良山に群生しており、7月ごろに白やピンクの花を咲かせます。福島県の吾妻山で最初に発見されたことから、福島県花になっており、国の天然記念物にも指定されています。別名をヤエハクサンシャクナゲ(八重白山石楠花)といい、ハクサンシャクナゲのおしべが花弁化して八重咲きとなった変種です。

 当講座のロゴマークに描かれている山は、吾妻小富士(あづまこふじ)です。

 山形県と福島県の県境に東西にのびる吾妻連峰の中央にある大きな山体と火口が、麓の福島市側から見るとあたかも富士山の山頂のように見えることから吾妻小富士と呼ばれています。本来の山名は「摺鉢山」で、標高は1,707mです。

 早春になると福島市から見える吾妻山の山肌に残る雪が、うさぎのような形に見えることから、「雪うさぎ(吾妻の雪うさぎ)」と呼ばれ、福島市民に春の訪れを知らせる風物詩となっています。また、昔からこの雪うさぎが見えるようになると、農家の人々が苗代に種を蒔き始めたところから、「種まきうさぎ」とも呼ばれています。